私は何度も、自分の「正しそうな考え」を捨てることになった。
50人を超える経営者の方々に、これまでお話を伺ってきました。今でも、そのお一人おひとりの顔や声を、はっきりと思い出せます。
最初の数年、私はある仮説を信じて疑いませんでした。この方々に足りないのは「言葉」だ。想いはあるのに、うまく言語化できていない。だから私が、代わりに言葉にして差し上げよう。そう考えていたのです。
その仮説は、現場に出るたびに、静かに崩れていきました。
最初にそれに気づいたのは、ある案件がきっかけでした。
「うちの強みを、なんとか言葉にしてもらえませんか」。そうご依頼をいただき、何時間もお話を伺いました。技術へのこだわり、創業からの歴史。材料は、十分すぎるほどありました。
私はそれを丁寧に整え、綺麗な文章にしてお渡ししました。社長様には、とても喜んでいただけました。
けれど、こうした案件を重ねるうちに、あるパターンに気づくようになりました。社員数が100名を超えるあたりから、特に遠方に営業所を持つ企業様では、社長様の言葉が本社の外にほとんど届いていないのです。
この断絶は、採用の現場にも同じ形で表れます。本社が「こういう人材を採りたい」と描く基準と、現場が実際に必要としている人材像との間に、静かなズレが生まれる。両者がすり合わされないまま採用が進み、ミスマッチが繰り返されていく。
言葉が足りなかったわけではありません。言葉は、確かにそこにありました。ただ、それが社長様の頭の中や、本社の中から、一歩も出ていなかっただけだったのです。
こうした案件を重ねる中で、私は自分の仮説が間違っていたことに気づいていきました。企業の課題は「言語化不足」ではなかったのです。経営者様の頭の中にしかない判断基準が、組織の誰にも渡っていない。知識が、移転されないまま止まっている。それが本当の問題でした。
そしてもう一つ、対話を重ねる中で見えてきたことがあります。多くの経営者様は、この状態にご自身で気づいていらっしゃいません。気づかれたとしても、それを誰かに相談できずにいらっしゃいます。ご家族にも、社員の方にも、外部のコンサルタントにも。「なんとなく分かってもらえるだろう」という期待だけが、静かに宙に浮いているのです。
正しい言葉を作ることは、実は仕事の半分でしかありませんでした。残りの半分は、その言葉がどこにも届いていないという事実に、ご本人が気づかれることだったのです。
この発見は、私の仕事のやり方を根本から変えました。今ではもう、「強みを教えてください」とはお聞きしません。代わりにこうお聞きします。
「その言葉を、最後に社員の前で口にされたのはいつですか」
答えに詰まられることが、驚くほど多くあります。
もし私が、最初の仮説にしがみついていたら。今も「もっと良い言葉」を探し続けて、同じ壁に何度もぶつかっていたことでしょう。
大切なのは、最初から正しい答えを持っていることではありません。現場から返ってくる反証を、素直に受け取ること。そのたびに、自分の構造を書き換える勇気を持ち続けること。私がこの数年で身につけたのは、たった一つの正解ではなく、その「修正し続ける力」でした。
では、社長の頭の中に眠る「本当の言葉」を、どうすれば現場まで届けられるのか。
次回は、この気づきをもとに、実際の対話の現場で私が「絶対に聞かなくなった質問」についてお話しします。
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このシリーズは、これまでのコラムで扱ってきた「言葉と現場のズレ」という構造を、私自身の一次体験から語り直したものです。
この記事が、経営理念や採用メッセージに悩まれている方の、小さなきっかけになれば嬉しく思います。
必要でしたら、お気軽にご相談ください。